第226号 2004/03/10 四旬節第2週の水曜日
天主は唯一、キリストも唯一、キリストの教会も唯一、主のみ声によってペトロの上に建てられた聖座も唯一、この唯一の祭壇、唯一の司祭職を離れては、だれ一人として祭壇を築き、司祭職を制定することが出来ない。これ以外のところで集めるものは散らすものである。
(聖チプリアノ、書簡50,5より)
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アヴェ・マリア!
兄弟姉妹の皆様、
私たちの主イエズス・キリストの御受難!
イエズス・キリストは何故、あれほどまでに、あたかも人間ではないかのように肉体において苦しみを受けなければならなかったのでしょうか!
むごたらしい鞭打ちの刑!
繊細な私たちの主の御体は、無惨にもボロボロになるまで、傷だらけになるまで、半死半生になるまで、むち打たれ、苦しみ給うのです。一体何故そこまで!?
私は、夜この考えにうなされて目を覚ましてしまいました。
私たち人間が自分の肉体をもって犯す罪が、獣のようであり、醜く不潔で非道であるが故に、あたかも正気の人間ではないかのようであるが故に、私たちの罪を償うためには、あれほどの非道な罰を受けなければならなかったのでしょう・・・。
私たちの主が私たちの罪の償いのために流し給うた、主のいと尊き御血!
私たちの主と共に、一つの肉、一つの心となって絶えいるばかり苦しまれ給う、聖母の汚れ無き御心!
主よ、我らを憐れみ給え!
主よ、御受難の無限の御功徳によりて私たちの同胞、兄弟姉妹の日本国民を、主の聖心に引き寄せ給え!
天主の御母聖マリアよ、我らのために祈り給え!
さて、今回も聖ピオ十世会が枢機卿様たちに提出した、聖ピオ十世会『エキュメニズムから静かな背教へ -教皇在位の25年―』(メンツィンゲン2004年)の日本語訳の続き(第3章)をご紹介致します。
聖ピオ十世会
エキュメニズムから静かな背教へ
-- 教皇在位の25年 --
メンツィンゲン2004年
第3章
エキュメニズムによって引き起こされた
司牧上の問題
31.エキュメニズムが異端説によって立つという事実以外に、エキュメニズムは、救いのために必要不可欠であるカトリック信仰を相対化させ、救いの唯一の箱船であるカトリック教会への道を逸らせるという意味において霊魂に害をもたらすものである。カトリック教会は心を照らし誤謬を追い払う真理の灯台としてではなく、宗教無差別主義の霧の中に、そしてついには「静かな背教[102]」の暗闇に人類を突き落とす。
エキュメニズムは信仰相対主義を産む
エキュメニズムは異端者たちによって引き起こされた裂け傷を相対化させる32.エキュメニカルな対話は異端者が犯した信仰に反する罪――これこそが分裂の真の理由である――を覆い隠す。これは、異端者にも教会の子ら(=正統なカトリック信者たち)にも恣意的に同様に責任を帰せられた愛徳に反する罪を前面に押し出すためである。そして最終的には異端を構成する信仰に反する罪を否定するに至る。このようにして、ヨハネ・パウロ2世はキリスト単性説の異端に関してこう断言している。「引き起こされた分裂は、その
大部分が誤解によるものである[103]」そしてこう付け加えている。「教義の定式が・・・通常用いているのとは異なっていても、・・・同じことを述べているのではないか[104]」このような断言は、これらの異端説を排斥する不可謬権を行使した教導職を否認することである。
エキュメニズムは、教会の信仰が他の持つ「豊かさ」によって完成されうる、と主張する
33.第2バチカン公会議が、非常に穏やかな言い方ではあるが、対話によってもたらされる「豊かさ」の本性について「相互の教団の教義と生活について、より真実な知識とより公正な評価を得る[105]」と述べてはいるけれども、この教皇職のエキュメニズムの実践は第2バチカン公会議で述べられたことの性質を変えて信仰を豊かにすることにしてしまっている。これによれば教会は完全な現実を把握するために部分的な見方を止める。「反対の立場を取って言い争い、譲ろうとしなかったために、実際には、同じことを異なる2つの角度から探究した結果、違ったものになってしまったことがあった。今日では、真理の全体をとらえることによって、偏った読み方を越えて、誤った解釈を遠ざけることのできる定式を見つける必要がある[106]。」だからこそ「互いに補い合うために、教会どうしでたまものを交換し合うことが、交わりを実り豊かなものとする[107]」このような断言は、教会が信仰の宝を完璧に決定的に保管しているのではないと前提するのであれば、教会の聖伝の教えと調和しない。それ故に教導職は、他の持つとされる豊かさをこのように誤って評価することに警告を発していた。「カトリック教会に帰正するにあたって、彼らは、天主の聖寵によって今まで彼らの内に実現した善を何ものも失うことはない。それどころか彼らが帰正することにより、この善はむしろ(potius)完全となり完成される。この点に関して教会に帰正することによって彼らが、教会に今まで不足していたような本質的な要素を教会にもたらすと想像するような言い方を避けるべきである。[108]」
エキュメニズムは信仰の確かな教義を信じることを相対化させる
34.「カトリック教理の諸真理の秩序、すなわち『順位』[109]」といわれるものは、確かに教理聖省によって神学的に正しく再び位置づけられている。この秩序は「幾つかの教義は、その教義を照らす役割を持つ第1のランクを占める別の教義にその存在理由を持つ、ということを意味する。しかし、全ての教義は啓示されたものであるが故に、天主よりの信仰によって(de fide divina)等しく信じなければならない[110]。」しかしながら、ヨハネ・パウロ2世のエキュメニズムの実践は、この正統な解釈の線を越えている。例えば、福音派「教会」に向けて「大切なこと」を強調している。「あなたたちは、ここ数十年の間私の人生が無神論と不信仰によってキリスト教に向けられた挑戦を経験することによって特徴付けられたということを知っている。私は大切なことを更にはっきりと目の前にしている。それは私たちがイエズス・キリストを共に宣言すること、イエズス・キリストが私たち全ての救いであること、・・・聖霊の力によって、私たちが兄弟となり、真に本質的に天主の子となること、・・・アウグスブルクの信仰宣言【訳者注:ルターが宗教革命を起こした時にした宣言】や多くの【エキュメニカルな】出会いを良く考察するおかげで、私たちはこれを全て共に信じ宣言しているという事実に新たに自覚するに至った。[111]」このタイプのエキュメニズムの実践は義化に関する共同宣言において頂点を見いだすことが出来るが、レオ13世は正にこのようなエキュメニズムを排斥していた。「彼らは、道を迷った者たちの心を獲得するために、教義の幾つかの点を重要性を欠くものであるとして相対化し、或いはカトリック教会が常に保持した意味を彼らにもはや伝えないほどに軽減するのが都合がよいと考えている。このような考えがどれほど排斥に値するかを示すのに長い弁舌は必要ではない[112]。」
エキュメニズムは信仰の定式の「常なる改革」を促進する
35.エキュメニズムの実践が教義の定式に勝手に与える幅の広さについては既に述べた。残るはこのやり方がエキュメニズムの過程においてどのような重要性を持っているかを示すだけである。「改革が使徒的伝承に照らして絶えず続けられるなら、交わりは次第に深められていく。・・・まさにそれ【=改革】がエキュメニズムの特徴、特に目立つ重要な特徴の一つである。・・・『エキュメニズムに関する教令』は、教義の表現のしかたが、改革につねに取り組んでいくために考えるべきことの一つであると注意している。[113]」このようなやり方は、ピオ12世によって排斥された。「一部の人は、教義の意味を最小限に縮め、そして教義自体を教会において長きにわたって定着してきた用語、ならびにカトリックの教師たちによって保持されてきた哲学的概念から解き放つことを欲している。・・・このような試みは、教義相対主義と呼ばれるものへと導くだけでなく、実際にそれをすでに含んでいるということは明らかである。・・・神学校で使われて続けてきたものであれ、あるいは教会の教導権によってどれほど長い間用いられ続けてきたものであれ、或る観念を意味する術語がより一層洗練され、完全にされる余地がありうるということは周知の事実である。・・・また、教会がごくわずかの間だけ存在したような哲学体系のことごとくに縛られるのではないということも明白である。しかしながら、教義について何らかの理解をもたらすべくカトリックの教師たちによる幾世紀にわたる共通の努力によって構築されてきた諸々の事柄は、そのような脆弱な土台に基づいているのではない。・・・したがって、これらの概念のいくらかが複数の公会議によってただ用いられるだけでなく、裁可されてきたことは驚くに値しないばかりか、また、それらから逸れることは誤りである[114]。」
エキュメニズムはカトリック信仰の完璧な内容を曖昧さ無しに教えることを拒む
36.「カトリック信仰を表明する方法と順序は、けっして兄弟との対話の妨げとなってはならない[115]」というエキュメニカルな要請は、荘厳に署名された様々な共同宣言に辿り着いた。例えば、義化に関する共同宣言の中では、義人の霊魂に成聖の聖寵が注入されること[116]が一度も明確に教えられていない。これを暗示するような唯一の文章は、極めて不器用であり、この反対を信じさせることさえ出来る。「義化する聖寵は誰の所有物にもならない。誰一人として天主の御前にこれを自分のものとして要求が出来ない[117]。」このような実践は「信じなければならないこと」としてカトリック信仰を完璧にしかも曖昧さ無しに提示する義務をもはや遵守していない。「カトリックの教義は完全に完璧に提示されなければならない。義化の真の本性とその段階について、教会の構造について、ローマ教皇の首位権と裁治権について、離れたキリスト者たちがキリストの唯一にして真の教会に帰正することによる唯一の真の一致について、カトリックの真理が教えていることを沈黙の内に通り過ぎること、或いは曖昧な言葉で隠すことがあっては決してならない[118]。」
エキュメニズムは真実の聖人と、いわゆる「聖人」と考えられている人々を同等の地位に置く
37.いろいろな信条のキリスト教教団に共通の殉教録を発行することによって、ヨハネ・パウロ2世は真実の聖人と、いわゆる「聖人」と考えられている人々を同等の地位に置いている。これは聖アウグスティヌスの言葉を忘れることである。「もしも、誰かが教会から離れて留まりつつ、キリストの敵によって彼が迫害を受け、このキリストの敵がキリストの教会を離れている彼に「偶像に香を捧げよ。我が神々を礼拝せよ」と命じ、そして彼がその偶像を礼拝しないがためについに彼を殺すとしたら、彼は自分の血を流すことが出来るだろう、しかし王冠を受けることは出来ない[119]。」たとえ教会がキリストのために死んだ離れた兄弟が完全な愛徳を持っていたと敬虔に希望するとしても、教会はそのことを断言することが出来ない。教会の正当な理において(in jure)教会は、 "obex" つまり可視的な分離状態という障害が殉教を構成する完全な愛徳を起こすための障害であったことを前提とするからである。教会は彼を列聖することも殉教録に書き加えることも出来ない[120]。
エキュメニズムは信仰の喪失を引き起こす
38.このエキュメニズムは相対主義であり進化主義であり曖昧であるが故に、信仰の喪失を直接に引き起こす。このエキュメニズムによる最初の犠牲者は、キリスト者の一致促進のための教皇庁立委員会議長、カスパール枢機卿自身である。彼は例えば義化についてこう語っている。「私たち個人の価値は私たちの為した業の善悪によるのではない。行為する以前に私たちは受け入れられ、私たちは天主の『はい』という肯定を受け取った。[121]」或いはミサと司祭職に関してこう言っている。「全実体変化を執行するのは司祭ではない。司祭は聖父に聖霊の働きによって全実体変化が起こるように祈る。・・・叙階された役務者の必要性は、聖体の秘蹟が無償であるということを暗示し味わわせるしるしである[122]。」
エキュメニズムは教会への道を逸らせる
39.エキュメニズムがカトリック信仰を破壊する以外に、それは異端者たちと離教者たち未信者らを教会への道から逸らせている。
エキュメニズムは異端者たちと離教者たちの回心をもはや要求しない
40.エキュメニカルな運動は彼らの回心や彼らが「ペトロの聖座と一致していないものは誰であるといえどもその外にいることになる、キリスト者の唯一の牧場[123]」への帰正を追求していない。このことははっきり述べられている。「私たちは一致を追及する方法としてのそれ【=東方カトリックのやり方による一致主義】を拒否する。・・・カトリック教会の司牧活動は、ラテン典礼教会も東方典礼教会も、一つの教会から別の教会へと信者を移行させようとすることをしない[124]。」このために、異端者がカトリック教会に帰正した場合にしていた「異端放棄の儀式」が廃止された。カスパール枢機卿はこの種の断言において極めて遠くに行っている。「エキュメニズム私たち固有の信仰の伝統を放棄することでなされるのではない。どのような教会といえどもこの放棄を行うことが出来ない[125]。」彼は更に言い加えている。「私たちは生活のエキュメニズムに固有の『倫理』を次のように言うことが出来る。明らかな或いは隠されたものであれ全ての改宗活動を放棄すること、である[126]。」これらは全て、数世紀にもわたって歴代の教皇たちがつねに実践してきたことと根本的に反対している。歴代の教皇たちは常に離れた者たちが唯一の教会に帰正するように働いていた[127]。
エキュメニズムは全てのキリスト教的な信仰宣言を同等のものと見なす主義を生む
41.エキュメニズムの実践は、カトリック信者と他のキリスト者たちの間のある種の平等主義を生んでいる。例えばヨハネ・パウロ2世は「別れた兄弟たちという言い方自体が、今日では、よりふさわしい言葉、・・・洗礼のしるしによって結ばれた交わりの深さを考えさせる言葉で置き換えられるべきだとされている。・・・キリストに属しているという共通の条件への自覚が深められた。・・・キリスト者たちは『だれでも兄弟であること』が、固いエキュメニカルな確信となった[128]。」という事実を喜んでいる。更には、実際上、離れた共同体と等しい足場に置かれたのは、カトリック教会それ自体である。私たちは既に「姉妹教会」という表現について言及したが、ヨハネ・パウロ2世は「『エキュメニズム新指針』は、こうしたキリスト者たちが属している諸共同体を、『カトリック教会との完全な交わりの中にはいない諸教会と教会的諸共同体』と呼んでいる。・・・過去の時代の種々の破門は忘れられ、かつては敵対していた諸共同体が今日では互いに協力している[129]。」と同じく喜ぶ。このことを喜ぶと言うことは、「フォティウスの離教と英国主義に教会の特徴を認めることは・・・宗教無差別主義を促進し、非カトリック信者たちの真の唯一の教会へと回心を中断させる[130]。」ということを忘却することである。
エキュメニズムは教会をおとしめ、教会を離れた者たちを傲慢にする
42.謝罪のエキュメニカルな実践は、カトリック教会が自分自身に与える誤ったイメージを見て、未信者をしてカトリック教会へと向かうのを思いとどまらせる。私たちの先輩や先祖の犯した過ちを天主の御前に持っていくことが出来るとしても[131]、私たちが現在目前にしている謝罪で実際に行われていることは、カトリック教会は、そのものとして罪深き組織であるということをそのまま信じさせてしまっている。何故なら罪の赦しを求めているのは、カトリック教会だからである。最初にそのことを信じたのはカスパール枢機卿である。「第2バチカン公会議は、キリスト者たちの分裂においてカトリック教会に責任があったと認め、一致の回復のためにはそれぞれが主に回心することを前提とすると強調した[132]。」教会の謝罪を正当化する文書は、これについて何もしていない。教会の聖性のしるしは、道を迷った霊魂たちを唯一の牧場に引き寄せるために非常に力強いものであるが、汚された。これらの謝罪は極めて不賢明である。何故ならカトリック教会をおとしめ、離別者たちを傲慢にするからである。従って検邪聖省は次のような警告を発していた。「彼ら[司教たち]は宗教改革と宗教改革者たちの歴史を説明するときにあたって、カトリック信者の欠点を誇張しまた宗教改革者たちの過失を隠す、或いは、本質的な事柄であるカトリック信仰からの離脱ということを見ずほとんど感じないほど、付帯的な要素に多くの光を当てる、ということがないように注意深く、そして事実、執拗に配慮すること[133]。」
結論
43.司牧上の観点から見て、ここ数十年のエキュメニズムについて、これがカトリック信者を静かな背教へと導いている、そして非カトリック者を唯一の救いの箱船であるカトリック教会に入ることを思いとどまらせている、と言わなければならない。従って「人々をして天の王国に入る扉を閉める人々の不敬[134]」を排斥しなければならない。一致の追求という見せかけの下に、このエキュメニズムは羊たちを追い払う。このエキュメニズムはキリストのしるしではなく、最高の分裂者である悪魔のしるしを身に帯びている。
***<注>********************************
[102] ヨハネ・パウロ2世、『エクレジア・イン・エウローパEcclesia in Europa』 n° 9, DC n° 2296 du 20/07/2003, p. 668 ss.
[103] « Les divisions qui se sont produites etaient dues dans une large mesure a des malentendus. » Declaration christologique commune entre l’Eglise catholique commune et l’Eglise assyrienne d’Orient, DC n° 2106 du 18/12/1994, p. 1069.
[104] ヨハネ・パウロ2世、回勅『キリスト者の一致Ut unum sint』38番
[105] 第2バチカン公会議、『エキュメニズムに関する教令』4番
[106] ヨハネ・パウロ2世、回勅『キリスト者の一致Ut unum sint』38番。 « Les polemiques et les controverses intolerantes ont transforme en affirmations incompatibles ce qui etait en fait le resultat de deux regards scrutant la meme realite, mais de deux points de vue differents. Il faut trouver aujourd’hui la formule qui, saisissant cette realite integralement, permette de depasser des lectures partielles et d’eliminer des interpretations erronees. »
[107] ヨハネ・パウロ2世、回勅『キリスト者の一致Ut unum sint』57番。 « l’echange des dons entre Eglises, dans leur complementarite, rend feconde la communion. » カスパール枢機卿の『義化の教義に対する共同宣言 希望の動機』の中の「対話の目的は相手を変えることにあるのではなく、私たち自身の足りないところを認め相手から学ぶことにあるということが明確に現れた。・・・私たちが最初は矛盾を見たところで、私たちは今では相互補完の立場を見ることができる」を参照せよ。Cardinal Kasper, La Declaration commune sur la doctrine de la justification : un motif d’esperance, DC no 2220 du 20/02/2000, p. 167 : « Il est apparu clairement que le but du dialogue ne consiste pas a faire changer le partenaire, mais a reconnaitre nos propres manquements et a apprendre de l’autre. [...] La ou nous avions vu au premier abord une contradiction, nous pouvons voir une position complementaire. »
[108] « En revenant a l’Eglise, ils ne perdront rien du bien qui, par la grace de Dieu, est realise en eux jusqu’a present, mais par leur retour ce bien sera plutot (potius) complete et amene a la perfection. On evitera pourtant de parler sur ce point d’une maniere telle que, en revenant a l’Eglise, ils s’imaginent apporter a celle-ci un element essentiel qui lui aurait manque jusqu’ici. » 検邪聖省の1949年12月20日の教令『デ・モチオーネ・エキュメニカ』Congregation du Saint-Office, decret De motione Oecumenica, du 20/12/1949, AAS 42 (1950), p. 144. DC n° 1064 du 12/03/1950, col. 332.
[109] 第2バチカン公会議、『エキュメニズムに関する教令』11番。
[110] « signifie que certains dogmes ont leur raison d’etre en d’autres qui occupent le premier rang et les eclairent. Mais tous les dogmes puisqu’ils sont reveles, doivent egalement etre crus de foi divine. » 教義聖省、1973年6月24日の宣言『ミステリウム・エクレジエ』 Congregation pour la Doctrine de la Foi, Declaration Mysterium Ecclesiae du 24/06/1973, DC n° 1636 du 15/07/1973, p. 667.
[111] « Vous savez que, pendant des dizaines d’annees, ma vie a ete marquee par l’experience des defis lances au christianisme par l’atheisme et l’incroyance. J’ai d’autant plus clairement devant les yeux ce qui importe : notre commune profession de Jesus-Christ. […] Jesus-Christ est notre salut a tous. […] Par la force de l’Esprit-Saint, nous devenons ses freres, veritablement et essentiellement des fils de Dieu. […] Grace a la reflexion sur la Confession d’Augsbourg et a de multiples rencontres, nous avons pris une nouvelle conscience du fait que nous croyons et professons tout cela ensemble. » Jean-Paul II, Rencontre avec le conseil de l’Eglise evangelique du 17/11/1980, DC n° 1798 du 21/12/1980, p. 1147.
[112] レオ13世、回勅『テステム・ベネヴォレンチエ』 « Ils soutiennent qu’il est opportun, pour gagner les coeurs des egares, de relativiser certains points de doctrine comme etant de moindre importance, ou de les attenuer au point de ne plus leur laisser le sens auquel l’Eglise s’est toujours tenue. Il n’est pas besoin de long discours pour montrer combien est condamnable une telle conception. » Leon XIII, encycl. Testem benevolentiae du 22/01/1899, ASS 31 (1898-1899), p. 471 ; Actes de Leon XIII, La bonne presse, vol. 5, p. 313. Cf. Pie XI, Mortalium animos, AAS 28 (1920), p. 12 ; DzH no 3683 : « S’agissant des points de foi, il n’est aucunement licite de distinguer d’une quelconque maniere entre les points qui seraient fondamentaux et ceux qui ne le seraient pas, les premiers devant etre acceptes de tous, et les autres pouvant etre laisses au libre assentiment des croyants ; la vertu surnaturelle de foi a sa cause formelle dans l’autorite de Dieu revelant, qui ne tolere aucune distinction de ce type. »
[113] ヨハネ・パウロ2世、回勅『キリスト者の一致Ut unum sint』17,18番
[114] ピオ12世、1950年8月12日の回勅『フマニ・ジェネリス』 « Certains entendent reduire le plus possible la signification des dogmes et liberer le dogme lui-meme de la maniere de s’exprimer en usage dans l’Eglise depuis longtemps et des concepts philosophiques en vigueur chez les docteurs catholiques. […] Il est clair […] que ces tentatives non seulement conduisent a ce qu’ils appellent un “relativisme” dogmatique, mais qu’elles le contiennent deja en fait. […] Certes, il n’est personne qui ne voie que les termes pour exprimer de telles notions, et qui sont utilises dans les ecoles [theologiques] aussi bien que par le magistere de l’Eglise lui-meme, peuvent etre ameliores et perfectionnes. […] Il est clair egalement que l’Eglise ne peut pas se lier a n’importe quel systeme philosophique, dont le regne ne dure que peu de temps : mais ce qui durant des siecles a ete etabli du consentement commun des docteurs catholiques pour parvenir a une certaine intelligence du dogme, ne repose assurement pas sur un fondement aussi fragile. […] C’est pourquoi il n’y a pas lieu de s’etonner si certaines de ces notions, les conciles oecumeniques ne les ont pas seulement employees, mais qu’ils les ont egalement sanctionnees, en sorte qu’il n’est pas permis de s’en eloigner. » ASS 42 (1950), p. 566-567, DzH 3881-83.
[115] 第2バチカン公会議、『エキュメニズムに関する教令』11番。ヨハネ・パウロ2世、回勅『キリスト者の一致Ut unum sint』36番
[116] トリエント公会議、義化に関する教令、第7章、DzH 1528:「義化それ自体は単なる罪の赦しではなく、同時に聖寵とたまものとを自発的に受け入れることによる内的人間の聖化と刷新である」を参照。
[117] « La grâce justifiante ne devient jamais une possession de la personne dont cette dernière pourrait se réclamer face à Dieu. » Declaration commune de la Federation lutherienne mondiale et de l’Eglise catholique, n° 27, DC n° 2168 du 19/10/1997, p. 875 ss.
[118] 検邪聖省の1949年12月20日の教令 « La doctrine catholique doit etre proposee totalement et integralement ; il ne faut point passer sous silence ou voiler en des termes ambigus ce que la verite catholique enseigne sur la vraie nature et les etapes de la justification, sur la constitution de l’Eglise, sur la primaute de juridiction du Pontife Romain, sur la seule veritable union par le retour des chretiens separes a l’unique veritable Eglise du Christ. » Congregation du Saint-Office, decret du 20/12/1949, DC n° 1064 du 12/03/1950, col. 330 ss.
[119] 聖アウグスティヌス、ドナチウス派の司教エレミトゥスの前でしたチェザリアの人々への第6説教より。
[120] ベネディクト14世はそのDe servorum Dei beatificatione et beatorum canonizationeの中でこれを次のように説明している。もしも打ち勝つことの出来ない無知のゆえに真の信仰を知らないでいた異端者が、カトリック教義の或る点のために死んだとしても、彼はこの場合においても殉教者として考えることが出来ない。事実、彼は天主の御前においては(coram Deo)殉教者であるかもしれない。しかし教会の前で(coram Ecclesia)はそうではない。何故なら教会は外的なものによってのみ判断するのであり、公然と宣言していた異端説は、内的な異端を推測することを求めるからである。(De servorum. c. 20)
殉教者であり反教皇であった聖ヒポリット(217年-235年)についての反論に対しては、この反論は成り立たない。何故なら、殉教録がヒポリットを10月30日(すなわち教皇聖ポンチアノのdies natalis殉教の日)に言及するとすれば、ヒポリットはサルディニアの洞窟でポンチアノと出会い、236年に二人とも殉教する前に教皇ポンチアノと和解したからである。
[121] カスパール枢機卿の『義化の教義に対する共同宣言 希望の動機』« notre valeur personnelle ne depend pas de nos oeuvres, qu’elles soient bonnes ou mauvaises. Avant meme d’agir, nous sommes acceptes et nous avons recu le “oui” de Dieu. » W. Kasper, La Declaration commune sur la doctrine de la justification : un motif d’esperance, DC n° 2220 du 20/02/2000, p. 171-172.
[122] « ce n’est pas le pretre qui opere la transsubstantiation : le pretre prie le Pere afin que celle-ci ait lieu par l’operation du Saint Esprit. […] La necessite du ministere ordonne est un signe qui suggere et fait aussi gouter la gratuite du sacrement eucharistique. » W. Kasper, 30 Jours dans l’Eglise et dans le monde, n° 5/2003, p. 22.
[123] ピオ9世、1854年2月2日の回勅『ネミネム・ヴェストルムNeminem vestrum』Enseignements pontificaux de Solesmes, L’Eglise, vol. 1, n° 219.
[124] 「カトリック教会と正教会との神学的対話のための国際共同委員会の宣言」(通常「バラマンド宣言」と言われている)2,22番。Declaration de la Commission mixte pour le dialogue entre l’Eglise catholique et l’Eglise orthodoxe du 23/06/1993, dite "de Balamand", n° 2 et 22, DC n° 2077 du 01/08/1993, p. 711.
[125] カスパール枢機卿の『義化の教義に対する共同宣言 希望の動機』« L’oecumenisme ne se fait pas en renoncant a notre propre tradition de foi. Aucune Eglise ne peut pratiquer ce renoncement. » W. Kasper, La Declaration commune sur la doctrine de la justification : un motif d’esperance, DC no. 2220 du 20/02/2000, p. 167. Cf. W. Kasper, conference au Kirchentag oecumenique de Berlin, DC no. 2298 du 21/09/2003, p. 817 : « Nous ne pouvons jeter par-dessus bord ce qui nous a portes et tenus jusqu’a present, ce dont nos devanciers ont vecu, en des circonstances souvent difficiles, et nous ne devons pas attendre cela de nos freres et de nos soeurs du protestantisme et de l’orthodoxie. Ni eux ni nous ne pouvons devenir infideles. »
[126] カスパール枢機卿、2002年3月23日フランスのプロテスタント連合の全体会議においてなした講話「カトリック教会のエキュメニカルな取り組み」« Nous pouvons decrire l’ "ethos" propre a l’oecumenisme de vie de la facon suivante : renoncement a toute forme de proselytisme ouvert ou camoufle. » W. Kasper, L’engagement oecumenique de l’Eglise catholique, conference du 23 mars 2002 lors de l’assemblee generale de la Federation protestante de France, oecumenisme informations n° 325 (05/2002) et 326 (06/2002).
[127] 例えばピオ9世の1868年9月13日の書簡『ヤム・ヴォス・オムネスJam vos omnes』ASS 4 (1868), p. 131, DzH 2997 a 2999は、プロテスタントや非カトリック信者が第1バチカン公会議の機会にカトリック教会に帰正するように招いている。或いはレオ13世も、自分の司教聖別50周年の機会に、同じ事を1894年6月20日の書簡『プレクラーラ・グラトゥラチオーニスPraeclara gratulationis』でしている。ASS 26 (1894), p.705 ss. 最も有名なテキストは、勿論、ピオ11世の1928年1月6日の回勅『モルタリウム・アニモスMortalium animos』AAS 20 (1928), p. 14, Enseignements pontificaux de Solesmes, L’Eglise, vol. 1, no. 872 の中の次の言葉である。「キリスト者たちの一致は、離脱者たちがかつて不幸にして離れてしまった唯一の真のキリストの教会へと彼らが帰正するように促進すること以外によっては得ることが出来ない。」« L’union des chretiens ne peut etre procuree autrement qu’en favorisant le retour des dissidents a la seule et veritable Eglise du Christ, qu’ils ont jadis eu le malheur d’abandonner. » Ce n’est pas cette pratique du "retour" qui est propre au XIX° siecle, mais plutot le grand souci des Papes pour cette cause. En effet, cette pratique du "retour" est constante dans l’Eglise. En 1595, Clement VIII disait par exemple des eveques metropolitains de Kiev (Instruction Magnus Dominus du 23/12/1595) : « Grace a la lumiere du Saint-Esprit qui illuminait leur coeur, ils ont commence a considerer serieusement qu’ils n’etaient plus membres du Corps du Christ qu’est l’Eglise puisqu’ils n’etaient pas lies avec sa tete visible qu’est le Souverain pontife de Rome. C’est pourquoi ils deciderent de rentrer dans l’Eglise romaine qui est leur mere et celle de tous les fideles. »
[128] ヨハネ・パウロ2世、回勅『キリスト者の一致Ut unum sint』42番
[129] ヨハネ・パウロ2世、同上
[130] 検邪聖省の1864年9月26日の書簡 ASS 2, 660.
[131] 哀歌5:7「私たちの先祖は罪を犯しましたが、もうこの世にはなく、私たちがその罪の罰をになっています。」
[132] カスパール枢機卿の『義化の教義に対する共同宣言 希望の動機』 « Il [le concile Vatican II] reconnut que l’Eglise catholique avait une responsabilite dans la division des chretiens et souligna que le retablissement de l’unite supposait une conversion des uns et des autres au Seigneur. » W. Kasper, La Declaration commune sur la doctrine de la justification : un motif d’esperance, DC n° 2220 du 20/02/2000, p. 168.
[133] 検邪聖省の1949年12月20日の指導 « Ils [les eveques] empecheront soigneusement et avec une reelle insistance qu’en exposant l’histoire de la Reforme et des Reformateurs, on n’exagere tellement les defauts des catholiques et on ne dissimule tellement les fautes des Reformateurs ou bien qu’on mette tellement en lumiere des elements plutot accidentels que l’on ne voie et ne sente presque plus ce qui est essentiel, la defection de la foi catholique. » Congregation du Saint-Office, Instruction du 20/12/1949, AAS 42 (1950); p. 144. DC n° 1064 du 12/03/1950, col. 332.
[134] 1er schema preparatoire du concile Vatican I sur l’Eglise, publie dans Enseignements pontificaux de Solesmes, L’Eglise, vol. 2 p. 8* : « Nous reprouvons l’impiete de ceux qui ferment aux hommes l’entree du Royaume des cieux, en assurant sous de faux pretextes qu’il est deshonorant et nullement necessaire au salut d’abandonner la religion - meme fausse - dans laquelle on est ne, dans laquelle on a ete eleve et instruit ; et qui font grief a l’Eglise elle-meme de se donner comme la seule religion veritable, de proscrire et de condamner toutes les religions et sectes separees de sa communion, comme s’il pouvait y avoir possibilite de participation entre la lumiere et les tenebres, d’accommodement entre le Christ et Belial. »
[135] ヨハネ・パウロ2世、回勅『キリスト者の一致Ut unum sint』17番 « L’approfondissement de la communion dans une réforme constante […] est sans doute un des traits distinctifs les plus importants de l’oecuménisme. »
[136] ヨハネ・パウロ2世、回勅『キリスト者の一致Ut unum sint』18番 « En reprenant l’idée que le Pape Jean XXIII avait exprimée a l’ouverture du concile, le Decret sur l’oecuménisme fait figurer la manière de reformuler la doctrine parmi les éléments de la réforme permanente. »
(つづく)
翻訳:トマス小野田圭志神父 (聖ピオ十世会司祭)
天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父 (聖ピオ十世会司祭)