マニラのeそよ風
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2014/12/03 聖フランシスコ・ザベリオの祝日

聖フランシスコ・ザベリオ

アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、
 いかがお過ごしでいらっしゃいますか?

 ついに、ルフェーブル大司教様のドキュメンタリー映画の日本語訳の吹き替え(ダビング)が完成しました!天主様に感謝!


Monseigneur Lefebvre - JAPANESE
from SSPX District of Asia on Vimeo.

 これが出来るためには、多くの方々の力が必要でした。日本語訳を作り、見直しをして下さった方々、声優の方々、映画会社の方々、試写会で有益なコメントを下さった方々、またこれが実現するために財政的に援助をして下さった方々など、心からお礼申し上げます。

 映画を見た或る方から次のようなメッセージを戴きました。

"+ Ave Maria Immaculata! トマス小野田圭志神父様、ルフェーブル大司教様の伝記のヴィデオを最初から最後まで全部視聴し、非常に感動いたしました。(...) ルフェーブル大司教様は、ローマに反対するのではなく、永遠のローマに忠実で、2000年の伝統あるローマ・カトリック教会の教義と典礼(ミサ聖祭)を守り抜いてくださいました。  ルフェーブル大司教様が 3月25日、聖母のお告げの祝日に帰天されたことも偶然ではありません。マリア様がルフェーブル大司教様の、天主様の光栄と救霊のためにお働きになったご生涯を満足してくださり、ご自分の祝日に天に迎えられるようにお計らいくださったのだと思います。"

"アヴェマリア!小野田神父様、ルフェーブル大司教様の映画、日本語訳、とても感動しました。カトリックの全ての人びともルフェーブル大司教様の事を理解し、尊敬するようになりますように。聖伝のカトリックの信仰が、カトリック教会に戻ってきますように。"


 12月は、聖伝のミサの日程が変則的になっております。ご注意下さい。

【大阪】 12月 5日(金)午後5時半 ミサ聖祭
12月25日(木)午後6時半 ミサ聖祭
12月26日(金)午後5時半 ミサ聖祭
12月27日(土)午前11時 ミサ聖祭

【東京】 12月28日(主)午前10時半 ミサ聖祭
12月29日(月)午前7時 ミサ聖祭

 また、12月のミサ聖祭の時に日本語版の聖ピオ十世会日本特製の「2015年カレンダー」をお分けする予定です。今年は、去年よりも少し安く出来ましたのでオールカラーで一部800円で配布することが出来るようになりました!

 今回の「マニラの eそよ風」は、友人と恩人の皆様への手紙 第八十三号(二〇一四年十一月二十一日)の日本語訳をお送りします。

 第八十三号の要旨は、教会の状態が悪化する一方である現在、フェレー司教は、のちの教皇ベネディクト十六世が十七年前に教会の未来について持っていた、預言的といってもよい展望を思い起こし、それがますます現実になっていることを確認します。この破壊のまっただ中にあって、聖ピオ十世会はカトリック家庭、学校、そして聖イグナチオの霊操に特別な注意を向けつつ、霊魂の聖化、なによりも司祭の養成と聖化のために広がり続け、働き続けています。まさにこの預言に出てくる「小さなしかし生き生きとした」団体であると思わざるを得ません。

 天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)




友人と恩人の皆様への手紙 第八十三号
二〇一四年十一月二十一日
日本語以外のページへ Letter to Friends and Benefactors no. 83

Bernard Fellay


親愛なる友人と恩人の皆さん、

 今から十七年前、のちの教皇ベネディクト十六世は、教会の未来に関するご自分の展望を示されました。その時点では大変悲観的なように思われました。彼はこのように予測していました。キリストの神秘体は、非常に細かく分断され、その結果、退廃が一般的となった世界に取り巻かれてはいるが、なおも生存している小さなグループの集まりへと縮小されるだろう、と。

「おそらくは伝統的な "カトリック文化" という概念に別れを告げる時が来ていたのだろう。私たちは、教会の歴史の中で、新しい、異なった種類の時期に直面しているのかも知れない。そこでは、キリスト教はふたたび、"からしだね"というものによってより特徴づけられ、キリスト教は、小さな、一見したところ取るに足りない、それにも関わらず悪に対して激しく戦って生き、世界に善をもたらすグループらの中に存在することとなるだろう……」[1]

「教会は……偉大な社会団体と同一視されることがますますなくなっていき、より少数派の教会と同一視されるだろう。教会は、信仰を生きる本当に確信した信者たちの、小さな生き生きとした団体の中で生きていくことだろう。だが、まさにこのようなやり方で、教会は聖書で言うところの地の塩に、ふたたびなっていくことだろう。」[2]


教会の未来に関する破滅的展望

 この展望は、ヨゼフ・ラッツィンガー枢機卿の個人的見識から出た帰結なのでしょうか? それとも、いくつか別の情報源、ファチマの第三の秘密といったものに霊感を受けてのものでしょうか? 彼にしかわからないことです。いずれにせよ徐々に、そして特に公会議以来、少なくとも一五〇〇年に渡って見せていた教会の姿が、ゆっくりと消えていくのを私たちは目撃し続けています。つまり、たとえ、世俗の権威が教会の霊的権威へと侵入しようと何度も試みたとしても、すべての人間の生に深く浸透していた一つの社会としての、完全な社会的有機体としての、この世の王国とともに深い調和のとれた統一体を形作ろうとしている教会の姿がです。

 フランス革命以来、私たちはこの二つの力の分離を観察するだけでなく、教会に戦いを挑む絶え間ない決意、そして教会が人間社会に善を施す影響力を削ごうとする決意を観察し続けています。第二バチカン公会議後の時期以降、司祭職の召命の数が途方に暮れるほどに減少し、天主と隣人のために自分たちの人生を捧げる何万何千という男女の修道者たちが喪われたということが原因で、学校、病院、そして社会と政治生命における教会の現存は、ほとんど消え失せてしまっています。社会から教会が破滅的なまでに消失してしいつつあることを止めるためのいかなる本格的な手段も講じられませんでした。現在では、教会は実質的に香部屋の片隅へと追いやられてしまっています。さらに悪いことに、教会がかつて善行を惜しみなく施した国々では、かつてはキリスト教国家と呼ばれていた国々では、教会や香部屋は空っぽです……。ラッツィンガー枢機卿のほぼ預言的といっていい展望から、もはやそう遠くないところに私たちはいるのです。

 ですが、これら外的な出来事には、教会の内的生命に属している他の出来事が付随しています。つまりこれらは、もはや外部ではなく、今や内部に存在する敵に直面している弱さのしるしです。信仰の一致と聖会の統治機関の一致はますます完全に分解しつつあり、典礼の一致は、新しいミサによって提案された「創造的な」選択肢のせいで、特に「奉献文」が増えていったことが原因で、とうの昔に粉々にされてしまいました。道徳に関しては、最近の家庭に関するシノドは、この領域において、悲惨にも矛盾する意見が蔓延してしまっていることを見せてしまい、この矛盾する意見が勝利を占めています。教会当局は、それを積極的に奨励しないとはいえ、もはや食いようとしないかのように思われます……。

 大勢の観察者たちが気づいているこの破壊のまっただ中で、私たちの慎ましい聖ピオ十世会は、疑いの余地なく「小さな、一見したところ取るに足りない、それにも関わらず悪に対して激しく戦って生き、世界に善をもたらすグループ」のように思われます。姿を変えてしまった教会を見ると私たちは悲嘆に暮れる一方で、その反対に、私たちは全能の天主が私たちをして成し遂げさせてくださる驚くべきことの数々のために、毎日マグニフィカトを歌っています。


カトリックの家庭

 ごく簡単な説明をもって、私たちは皆さんに聖ピオ十世会が現在どのように発展しているかの概観を提示したいと思います。あらゆる方向から攻撃されているにも関わらず、聖ピオ十世会は休みなく主の恩寵を広め、霊魂たちの困難で危険の多い天国への巡礼の砦となっています。私たちは長年に渡って、キリスト者の家庭、この地上での生命のためだけでなく、天国の生命のために定められた子どもたちが生まれる聖なる団居(まどい)の場に、特別な注意を払わなければならないと認識してきました。この聖域を攻撃するために、母親の胎内で胎児が闇に葬られるということを始めとする、手の込んだ残虐さをまとった恐るべき、悪魔的行為が存在し、使われています。

 隣人と社会に対する義務をおざなりにせず──それどころかまったくの正反対です!──平和のうちに徳を養い、天主の栄光を探し求めている大勢の大家族たちを見ていると、私たちはただ聖主と、このような力強い恩寵の働きによる驚くべき出来事を賛美することしかできません! そうです、親愛なる家庭の皆さん、キリスト者の家庭には要求されるものがありますが、天主のおん助けと恩寵は尽きることがありません。状況がどんなものであれ、キリスト者の人生は皆さんに、ある種の英雄的資質を求めるのです。皆さんのキリスト者としての人生というささやかな事実と努力によって、この生活は今日でも可能であると証明しているのです。現代世界に迎合しようと別の方法を探し求め天主の掟を放棄している人々は、すべてのキリスト者に生命を吹き込むべき信仰の精神を失ってしまった敗北主義者たちであると、皆さんが証明することになるのです。


カトリック学校

 信仰の生命は守られなければなりません。そして発展させていくためにはカトリック学校を必要としています。これはカトリック教会の重要な関心事であり、教会は両親たちのために子どもたちのカトリック教育に気を配らせるという非常に重大な義務を負っていますから、今日であっても、義務を怠る両親たちを制裁措置をもって脅すのです![3]

 これは重大で、非常に具体的な関心事です。現代において、生徒たちが教わる全科目に、真実に信仰の教えを植えつけてくれる正真正銘のカトリック学校を、私たちはどこで見つけるべきでしょうか? 天国を勝ち取るためにこの世界で戦わなければならない戦闘に対し、未来の父親たち、母親たちを準備する団体をどこで見つけられるでしょうか?

 これこそ、私たちがカトリック学校に対して多大な努力を注ぐ理由の一つです。世界中の至るところで、私たちはこの事業に持てる資源の大部分、人材と物質の両方を捧げています。さまざまな規模の、およそ百ほどの学校が、何千という将来のための確固たるキリスト者を養成しています。


聖イグナチオの霊操

 家庭と学校は、教育を受けている青少年たちのための必要不可欠な守り手ですが、両親の住む家を離れ、世間へと出て行く彼らを支援するために何ができるでしょうか? このような歪んだ世界の真ん中で恩寵の状態のうちに霊魂を保ちつつ、善と徳への道にあるこれら若者たちの堅忍に、私たちは非常な関心を払っています。そして聖イグナチオの霊操よりも力強い解毒剤を見つけることはできません。聖イグナチオの霊操は、私たちに手渡された最もすぐれた宝、聖化の手段の一つ──ミサ聖祭と聖なるロザリオの次に──であると確信しています。この霊操は間違いなく現代のために作られ、すべての善意の霊魂たちのために勇気、強さ、そして現代に必要とされている英雄的資質を与えることが可能です。私たちが自由に使えるようにと据え置かれたこの手段を軽視することのないようにと、何度でも強く招きます。私たちが聖イグナチオの霊操を聖ピオ十世会の原動力の一つであり、今日のキリスト者の人生が存在するまごうことなき恩寵の奇跡の源であるとみなしていることに疑いの余地はありません。


司祭とミサ聖祭

 けれども、超自然の生活は、司祭なくしては──特に最もとうといミサ聖祭を通じて、キリストの神秘体の生命を広めるよう天主に望まれ選ばれた、特別の恩寵を施された道具である司祭なくしては不可能でしょう。司祭とミサを結びつけるはずの親密な絆は、ルフェーブル大司教様が私たちに残しておいてくださった遺言です。というのは、ミサはすべての聖化の源泉であり、他のすべての人々に先立って、司祭こそがその泉から徹底的に飲み干さなければなりません。そうして、彼に委ねられた霊魂たちがミサからの恩恵を受けられるようにです。「私は彼らのために自らいけにえにのぼります」と、聖主は仰せになりました。「彼らを真理によって聖別するために」(ヨハネ17:19)

 この神秘は、私たちの神学生たちの中心に存在します。私たちは油断なくこの神秘を見張り、典礼儀式を美しくするために役立つすべてのものを注意深く提供します。外的な象徴の美は、贖い主なる主が働かれる数々の神秘の荘厳さを反映しています。壮大であると同時に深遠なこれらの儀式は、天国への前触れのようです。

 四つの大陸にある私たちの六つの神学校の、おおよそ二〇〇名の神学生たちにとっても、ほぼ四十名の予備神学生たちにとっても、ミサ聖祭は喜びであり毎日の恩恵です。アメリカでは神学生たちの数が続々と増えていくので、ヴァージニア州に新しい神学校を建設することを余儀なくされています。来春までに入居可能となるはずです。

 さらに多くの教会が、世界中のあちこちで建設されている最中であり、これは信仰のダイナミズムを示しています。そうです、まさしく信仰は山をも動かすのです! 信仰だけが、人間の能力を超えるこの事実を説明できるのだと私は固く信じています。天主の恩寵のおかげで、皆さんの絶え間ない寛大さと炎のごとき熱心さが、このようなことを達成可能にするのです。どうぞ私たちの心の底からの深い感謝を受け取って下さい。神学生たち、司祭たち、修道士たち、修道女たちが、皆さんの善き働きに対して百倍の報いを下さるようにと日ごとに懇願していることを確信して下さい。

 聖母が皆さんを愛徳と平和のうちにお守り下さいますように。親愛なる友人の皆さん。聖母のけがれなき御心が、皆さんを永遠の幸福へとお導き下さいますように。


聖母の奉献の祝日に
+ベルナール・フェレー

[1] Joseph Ratzinger, Salt of the Earth, translated by Adrian Walker (San Francisco: Ignatius Press, 1997), p. 16.
[2] Ibid., 222.
[3] Cf. the 1917 Code of Canon Law, canon 2319, §§2-4; 1983 CIC, canon 1366.


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OLVC Manila Oct 12 2014
Our Lady of Victories Church, SSPX Manila, Philippines
Oct 2014


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