マニラのeそよ風
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第424号 2013/01/16 殉教者教皇聖マルチェッロ




アヴェ・マリア!

 愛する兄弟姉妹の皆様、遅れてしまいましたが、新年の喜びを申し上げます。

 アジア管区長は、聖ピオ十世会アジア管区では2013年をルフェーブル大司教様の年としたいという意向を出され、お手紙を出しましたので、日本語でご紹介します。本当は愛する兄弟姉妹の皆様に書きたいことは山のようにあります。次回に申し上げます。

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)



アジア管区のすべての信者の皆さんへ
二〇一三年はルフェーブル大司教の年

二〇一三年一月一日

親愛なる信者の皆さん、

私たちは天主なる救い主の御降誕を経て、さらなるもう一年に突入したばかりです。二〇一二年を「家族」というテーマに捧げた後に、この新しい年を、私どもの敬愛する創立者、マルセル・ルフェーブル大司教様の追憶のためにお捧げすることを決意しました。大司教様はその足跡──なんという足跡であったことか!──を、二十世紀の教会史に残して下さった方です!

大司教様が私たちの信者たちに、よく知られていないことを見聞きして悲しんでいます。大司教様の伝記を読み、その著書を精読しているアジア管区の信者は、ごくわずかです。

私たちは、二〇一三年をルフェーブル大司教様の年とすることで、大司教様についての無知が、大司教様に対する誤解と聖伝のための正当な戦いの放棄へと陥る可能性を考え、それを改善したいと思います。この大司教様についての知識と見識は、教会に関する危機、終結からほど遠い危機のただ中にあって、今なお欠かせません。

このカトリック教会の優れた人物のあらゆる面を理解することは重要です。大司教様の行為と教えのすべては、芯からのカトリック信者のものでした。大司教様の生涯と教えの全体像を見ることなく、その口を借りて何かを言わせたり、逆のことを言わせたりする人々がいます。あえて比較してみるなら、ルターの信条である「聖書のみ Sola Scriptura」にならって、好き放題に聖書の口を借りて利用したり攻撃したりする大勢の人々にそっくりです。「聖書のみ」によれば、聖書解釈のために聖なるローマ・カトリック教会を必要としません。この間違った信条の結果を私たちは知っています。

ルフェーブル大司教様は、聖パウロがティモテオにそうなるようにと望んだと同じ、まことの「homo Dei 天主の人」でありました。大司教様の長く波乱に富んだ人生の鍵はよく知られています。つまり、み摂理に従うことです! 「おお天主のみ旨よ、御身は我が楽園なり!」と、大司教様はサレジオの聖フランシスコとともに、よくこう言われたものでした。「み旨の天に行わるる如く、地にも行われんことを!」大司教様は確かに幼少時代から死に至るまで、このみ言葉を実行するように務めました。

大司教様は、教会の全階級にある長上方を通して、大司教様が任命された十四、十五のさまざまな役職に対して、この天主のみ旨を探し求めました。聖主イエズス・キリストの栄誉と権利のために立ち上がって戦う肝心の時には、ただそれだけを探し求めました。この戦いの最初の衝突は、すでに一九四〇年代半ば、フランス、モルタンへの帰還ののちに始まっていました。そのとき、大司教様はまだ一司祭にすぎませんでしたが、救霊に関するド・リュバック神父の誤った神学に気づき、反駁のためペンを取りました。大司教様が一九五九年、すでに大司教として、公に「Pour Qu’Il Règne(天主が統治するために)」というキリストの社会的王権に関する本に認可を出した時、大司教様はふたたび戦いの場に姿を現しました。フランスの司教たちはその本を支持しようとしませんでした。この出来事に続いてすぐに、一九六三年、スータンの着用に関するフランス人聖職者たちのもう一つの衝突が起きました。聖霊修道会の会員たちに、さまざまな理由と司祭の防護服として、教会と聖主イエズス・キリストの証人としてという二つのことのために、スータンを着用す・・ることの必要性を説いたルフェーブル大司教様と、世俗に近づけるよう配下の司祭たちにスータンを投げ捨てることを許したフランス人司教たちとの間にです。

世紀に渡る明確な教皇の教えを通して宣言された天主の真理とみ旨を擁護するのは当たり前のことです。ですから、大司教様は第二ヴァチカン公会議の間、教会の聖伝の擁護のため立ち上がり、第三期から率先して、真のゲデオンの一団である二五〇名のCoetus Internationalis Patrum 国際教父グループの会員たちを指導しました。彼らが近代主義の大洪水をある程度まで食い止め、衰退させるのに成功したことは知られています(例えば、重要な書類の危険な単語のいくつかを変更させたこと、性急な投票を遅らせたこと等々)。が、残念なことに、すでに自由主義の思想に染まっていた教皇の支持が得られないまま、司祭議会の一団は、望んだことすべてをやり遂げることはできませんでした。そして近代主義の誤謬は公式の公会議文書に入り込み、その後に続く、過去五十年のすさまじい損害となったのです!

一九六八年、すでに六十三歳となっていた大司教様は、聖霊修道会総長職を辞したのち、まことのカトリック司教と神学校を探していた数名の神学生たちのためになすべきことがあると、神秘的な天主のみ旨にふたたび駆り立てられました。このようにして聖ピオ十世会は芽吹き、そこ以外に救霊の手段はないローマ・カトリック教会の正当な修道会として生まれたのでした。

もう一度あえて言わせていただくなら、つまり、私はこの一年を通して、聖にして母なる教会が聖ピオ十世について私たちに求めることを、ルフェーブル大司教様にあてはめたいのです。つまり私たちは大司教様の模範と教えにならって、exempla et instituta sectantes(九月三日の集祷文)ということです。[訳注: 九月三日は旧典礼による聖ピオ十世の祝日]

模範とは次のようなことです。大司教様の生涯を知りましょう、伝記を読みましょう。伝記には以下のことが書かれています。八人兄弟から五名の召命が生まれた大司教様の大家族、幼少時代の大司教様にご聖体の霊性をもたらした聖体の十字軍、大司教様が歴代教皇たちの著作を愛読することを学んだローマのフランス神学校時代、宣教の三十年間、公会議中の戦い、そして常にみ摂理に従っていたこと、もう一人の聖マルチノとして、善き主が大司教様に要求した最後の偉大な業、晩年の聖ピオ十世会の創設を拒まなかったことがです。

教えとは次のようなことです。大司教様のすべての本、著作、説教……皆さんの本棚にはこれらの内どの本がありますか? 皆さんが読んだことがあるのはどれでしょうか?

皆さんに以上のことを書いている時に、聖ピオ十世会フランス管区長、ド・カクレ神父様から、大司教様についてのすばらしいドキュメンタリー映画「Monseigneur Lefebvre, Un évêque dans la tempête──モンシニョール・ルフェーブル、嵐の中の一司教」のアジア圏の翻訳版を作る許可をいただきました。この映画はちょうどフランスで公開されたばかりで、現在、ヨーロッパのさまざまなフランス語圏の地域で上映されています。私はこのフィルムに、日本語、韓国語、中国語、タミル語、ベトナム語の正式な字幕翻訳を付ける計画をしています。この英雄的人物の名誉回復のため、私たちの巡回教会と他の場所でも公開上映会を企画しましょう。

この新しい年の間中の私の祈りを約束します。祈りましょう。新年がマリアのけがれなき御心の凱旋へと、さらに近づけてくれますように。

アジア管区長 ダニエル・クチュール神父


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2013 : Year of Archbishop Lefebvre