マニラのeそよ風

 トップ  >  「マニラのeそよ風」一覧

第121号 2003/04/24 御復活の木曜日


私たちの主の御受難と私たちの苦しみ

アヴェ・マリア!

兄弟の皆様、
 昨日2003年4月23日夜の10時頃、フィリピンのイロイロのサンタ・バルバラにある聖ピオ十世会の修練院に強盗が近づき、修練院の水道システムのポンプを盗もうとしたようです。外にいてそれに気がついたブラザー・ヒヤシント(フィリピン人ブラザー)が叫び声を挙げると、彼らは発砲し、ブラザーは4発の弾丸を腕と胸に受けてしましました。その後すぐに彼らは逃げたのですが、ブラザーは緊急に入院し今日手術を受けるそうです。お祈り下さい。復活祭を祝ったばかりだというのにこのような出来事があり、私たちは主イエズス・キリストの御受難を考えずにはいられません。

 天主の恵みによって、私は日本でまた外国で多くの方と巡り会う機会を得ました。特に司祭として多くの霊魂と巡り会いました。ところで特に日本で巡り会った青少年の方には、心に何らかの傷を負った方が多いということに気がつきました。

 例えばある日、主日の説教の中で聖書を引用して「私たちは『怒りの子』で『主から離れた者であり敵』だったけれども、天主は、私たちの主イエズス・キリストの御死去によって、私たちを聖なるものとするためにご自分と和睦された。」というようなことを言ったことがありました。するとミサ聖祭に与っていらした或る若い女性の方は、「怒りの子」という言葉で、過去に親から受けた虐待についてフラッシュ・バックがおこり、ミサに与り続けることが出来なくなってしまいました。

 その他にも、自分の体に親から受けた虐待のアザや痕跡を残す方、生まれる以前よりずっと親から憎しみを受け続け、親に甘えることを許されなかったと感じておられる方、抱きしめてももらえず、親から愛されたことがなかったような方々とも巡り会いました。そのような方々のうちのある方は、私に「アダルト・チルドレンAC」という言葉も教えて下さいました。(「アダルト・チルドレン」という言葉について、詳しくは、URL:http://www2.gunmanet.or.jp/Akagi-kohgen-HP/AC.htm などをご覧下さい。この言葉は、アダルト・チルドレン・オブ・アルコホリックス(アルコール依存症患者の子供として育ち、現在は成人に達した人々のこと)の最初の2つの言葉から来たもので、米国のアルコール臨床にたずさわる心理療法家やソーシャル・ワーカーたちの間で使われはじめたそうです。この言葉の意味は1980年代後半に米国では Adult Children of Dysfunctional Family(機能不全家庭出身の成人)に拡大され、現在では、ACは通常はこの意味で使われているそうです。)

 親から愛されなかったと感じるほかにも、例えば、子どもの財産を全く目当てにしたり、子どもの名前で不当な利子を取るサラ金で莫大な借金をしてしまったり、親が離婚やその他道楽三昧に自分勝手に生きているのを目の当たりにする方々とも巡り会いました。何と多くの方が苦しんでおられることでしょうか!

 北朝鮮では国民は飢えて苦しんでいるのに、金正日は超高級料理を食べていることを知ると遺憾に思います。マスコミは北朝鮮に対する憎しみをあおり立てようとするかのようです。しかし日本国内でも、規模こそ違いがあれ、北朝鮮と似たようなことが行われているのではないでしょうか。つまり日本では多くの家庭で、人間が自分勝手に「自由に」生き、弱者が犠牲になっているのをではないでしょうか。私たちは大きな悲しみを覚えます。胎児虐待戦争に巻き込まれて亡くなる赤ちゃんたち、母親の胎内宿るやいなや「望まれない子ども」として虐殺される胎児たち、或いは、人として受精したとしても人工的に「邪魔者」扱いを受けて闇に葬られてしまう多くの犠牲者たちがいるのを知り、私たちは悲しみに襲われます。

 それだけではなく、突然の癌のためにうら若いうちから死の宣告を受けている非常に将来を期待された若い方々にもお会いしました。

 公教要理を通して私たちは、天主が世界とお造りになったもの全てに心を配り、天主はご自分の無限の善性と智慧によって世界とお造りになった全てのものを保ち、かつ主宰しておられること、そして天主がお望みになるか、お許しにならない限り何事もこの世には起こらないこと、また、人間が天主によって与えられた自由を濫用しても、天主はそこから善を引き出し、御自分の慈悲や正義をますますあらわすことがおできになるので、天主は、罪を妨げないことを知っています。しかしその現実は恐ろしいものです。

 私は、弱者が犠牲者になる話を聞くたびに、私たちの主イエズス・キリストやコルベ神父様の姿を思い浮かべずにはいられません。私たちの主については、四旬節の間、特に聖週間に黙想しました。コルベ神父様については、マリア・ヴィノフスカが「アウシュヴィッツの聖者コルベ神父」の中でこう書いています。

 「私(マリア・ヴィノフスカのこと)は、牢獄、徒刑場、飢餓がどんなものであるか、体験によって知っている。また、ある種の苦しみは受け方が悪いときは、堕落のもととなることも、知っている。・・・私の獄友であったピエール・・・は、ダッハウの収容所で、4年間過ごし、帰ってきたときは、先鋭化し、老け込んでいて、別人としか思えなかった。肉体は病み、霊魂は更に病んでいた。・・・『ぼくは、もう人間なんか信用しない。人間って、なんて見下げ果てた動物だろう。なんて残忍な、利己的なやつだろう。』彼は、追憶につきまとわれていた。のろわしい獄舎を、一つ一つ思い浮かべながら、その残虐非道さを、心ゆくばかりに味わっていた。・・・『隣人、それこそ地獄だ』」(「まえがき」より)

 しかし、それと同時にマリア・ヴィノフスカは「同じ地獄も、どのようにそれを受け止めるかによって、色彩が変わる」と言っています。

 全く不当な待遇を受けたとき、私たちはどのような態度を取るでしょうか? もし外国が、例えば北朝鮮が、突然日本を侵略したとしたら、私たちは?

 1939年9月、ドイツの電撃戦によって、ポーランドは恥辱を蒙り、廃墟となり、屍の山と化し、ポーランド全国にはドイツ人に対する憎悪の波が巻き起こりました。

 「憎悪に酔いしれることは容易であり、しかも極めて容易である。憎悪は、これから攻撃に移ろうとする兵士に飲ませるアルコールのようなものである。アルコールは刺激する。しかし栄養にはならない。・・・大部分の人々は・・・憎悪は正当であり、正常であり、必要であると思っていたのである。・・・完全な愛徳の掟を持ち出す勇気のあるものがあったであろうか。許すことは卑怯に思われたのである。・・・右のほほを打たれると、左のほほを向ける代わりに、力まかせに殴り返すのである。・・・憎悪の雰囲気に生きながら、憎悪に感染しないことは、死者をよみがえらせることよりも困難である。この言葉は、そのころ・・・ポーランドに生きたものでなければ理解出来ないに違いない。」(「アウシュヴィッツの聖者コルベ神父」235-236ページ)

 そしてそのようなときにコルベ神父様はうまずたゆまずこう説いていたのです。

 「祈りましょう。全ての十字架を受諾しましょう。全ての隣人を、一人の例外もなく、友人と敵との別なく、愛しましょう。」(同246ページ)

 そうです。コルベ神父様は敵ドイツ人を愛していたのです。

 「言うまでもなく、これらの徒刑場は、聖性の学校ではなく、善人と自負していた人々をさえも、最悪の欲情に身を持ち崩させたのである。・・・われわれは、平時には思いもよらない、嘆かわしい堕落、淪落を目撃させられた。・・・このルツボの中では、霊魂は裸にされる。怪物も、罪人も、おびただしい凡人も、そして聖者も!・・・飢餓、胃の腑をかきむしり眠りを妨げる絶えざる残酷な飢餓! 夜も昼もがたがたと身を震わせる寒さ! 絶え間ない私刑、堕落工作! ・・・」(同259-260ページ)

 コルベ神父様が、身代わりとなって餓死監房に行くときには「その日まで、地獄の縮図とも言うべき餓死監房には、受刑者の不気味な叫び声が響き渡っていた。・・・受刑者は絶望のあまり狂気に陥るのであった。なんたる不思議であろう。このたびの受刑者は、怒号せず、呪詛せず、歌っているのである!・・・この処刑の場所は、たちまちにして熱烈なる聖堂と代わり、祈りと歌が、監房から監房へと呼応しあっているのである。」(同281ページ)

 こうして、コルベ神父様は、自分を殺す人たちを赦しながら、彼らのために祈りつつ亡くなりました。

 また最近読んだ「ヴェトナムの聖者 マルセル・ヴァン修道士の生涯」(サンパウロ2002年)を思い出します。

 私が感嘆したのは、マルセル・ヴァンが幼きイエズスの聖テレジアからの御出現を受けたと言うことでは全くありません。そうではなく、マルセル・ヴァンが、公教要理の教師から虐待と暴行(毎日18回以上の鞭打ち、罰として1日1回の干した米と水だけの食事を犬と一緒に取ること、前晩に3回の鞭打ちを受けなければ聖体拝領は許されないこと、のちには全食放棄しなければ聖体拝領を許されないこと、不道徳な行為を持ちかけられて堕落させられかけること、ロザリオの取り上げ、など)を受け、賭け事と酒に溺れる父を持ち、主任司祭からも乱用され、母親からは自分の子どもではないかのような罰を受け、中傷され、意地悪され、同じ修道院の修道者たちからいじめられ、それにもかかわらずカトリック信仰を捨てなかったこと、多くの苦しみを受けながら、天主を恨まずに、けなげにそれを天主に捧げたことです。

 また、当時ヴェトナムはフランスの植民地であったので、マルセル・ヴァンはフランス人の悪口を聞き、フランス人のために祈るのに非常な嫌悪感を抱いていましたが、どんな嫌悪感も無視して、天主の愛のお望みに基づいて、フランスとヴェトナムの間に有効な関係が実現するように、フランス人のために苦しみを受け、祈りを捧げました。

 マルセル・ヴァン修道士は、ついには共産主義者の手にかかり、ハノイの中央刑務所に送られるようになるのですが、その中で彼は自分の妹にこう書いています。

 「イエズスの愛の中におけると同様に、刑務所の中でも、何も私から愛の武器を奪うことは出来ません。どんな苦悩も私がやせこけた顔にいつも浮かべている優しい微笑みを消すことは出来ません。そして私の微笑みの優しさは最愛のお方イエズスのためでないなら、誰のためでしょうか。・・・私には愛が、そして愛と共に英雄的意志が残っています。私は愛のいけにえであり、愛は私の全ての幸福、不滅の幸福です。」(「ヴェトナムの聖者 マルセル・ヴァン修道士の生涯」126-127ページ)

 コルベ神父様もマルセル・ヴァン修道士も、私たちの主イエズス・キリストの教えをそのまま実行した方たちでした。自分に降りかかった十字架を天主への愛のために受け取って、それを捧げたからです。イザヤは私たちの主のことをこう予言しています。

 「彼は屠所に引かれる羊のように引かれた。彼は毛を刈る人の前で黙している子羊のように口を開かなかった。」

 私たちの主は十字架のうえで最初にこう祈られました。「父よ、彼らをお赦し下さい。彼らは何をしているか知らないからです。」(ルカ23:34)

 確かに、私たちは弱い罪人で、大きな苦しみが我と我が身に降りかかると、愚痴をこぼしたくなるのが自然の人情だと思います。何故私にこのような災難が降りかかるのか? この病気、この事故、この事件が? 私は一体何をしたというのか? 本当にイエズス・キリストはいるのか? もしイエズス・キリストが本当の天主なら私を救え! 「隣人、それこそ地獄だ」などなど。このような声は今でもありますし、昔もありました。

 聖金曜日には、私たちの主イエズス・キリストと共に2名の悪人が磔になりました。「十字架に付けられた悪人の一人は、イエズスに「あなたはキリストではないか。では、自分とわれわれを救ってくれ。」と言って悪口を浴びせた」(ルカ23:39)のですが、しかし右に付けられた「もう一人の方は、彼を押し止め、『おまえは同じ刑罰を受けながら、まだ天主を恐れぬのか。われわれは行ったことの報いを受けたのだから当然だ。だがこの人は何の悪事もしなかった。』そして「イエズス、あなたが王位を受けて帰られるとき、私を思い出して下さい」と言った」(ルカ23:40-42)のです。

 実は、私たちも私たちの主イエズス・キリストと共に聖金曜日に十字架に付けられた悪人と同じなのではないでしょうか。私たちはみな罪人なのですから。私たちはみな罰を受けて同然の身なのですから。しかし、おなじ「地獄」のような苦しみも、私たちの受け方次第によって色彩が変わってきます。自然な人情によれば、私たちは左の盗賊のような態度を取りがちですが、天主の御恵みにより右の盗賊のような態度を取ることもできます。私たちは、良き盗賊が私たちの主に願ったように、願うことが出来る恵みを求めたいと思います。良き盗賊は、私たちの主の非常に哀れなお姿、極悪人同然の様子を見て、その外見にもかかわらず、私たちの主イエズス・キリストが王であり、主であると認めたのでした。彼は天主を恐れ、自分に与えられた十字架を甘受したのでした。

 私たちは、公教要理を通して習った真理を、単に知的に理解するだけではなく、たとえ目に見えるものがその反対を指し示しているかのようであっても、強い意志を持ってその真理を信じる超自然の恵みを求めたいと思います。つまり、天主が、世界とお造りになったもの全てに心を配り、ご自分の無限の善性と智慧によって世界とお造りになった全てのものを保ち、かつ主宰しておられるという真理を。天主がお望みになるか、お許しにならない限り何事もこの世には起こりえず、また、人間が天主によって与えられた自由を濫用しても、天主はそこから善を引き出し、御自分の慈悲や正義をますますあらわすことがおできになるという真理を。はい、たとえ、その現実は私たちにとって恐ろしいものだったとしても。こう言うのは簡単です。現実にその場に居合わせたとすると、あまりの激痛とあまりの重さに自然の情が声を挙げてしまうかも知れません。しかし天主の御恵みに寄りすがり、私たち自分一人では出来ないことも御恵みを持って為すことができるその恵みを乞い求めましょう。

 だからこそ、長崎の原爆の証人である永井隆博士は、秒速650メートルの爆風と約7000度といわれる熱線の原爆を体験し、地獄と死のまっただ中を駆け回りのたうち回った後、「原爆は神の恵み」と言われたのだと思います。そしてこのような態度だけが、本当の意味で、私たちを平安にし、全世界に本当の平和の恵みをもたらすものだと思います。

 本当の平和は「国連」がつくるものでも「憲法」が作るものでもないと思います。イエズス・キリストの助けによって、全ての苦しみを天主の恵みであると捉えなければ、私たちには呪いと憎しみと復讐のみが生じることでしょう。マリア・ヴィノフスカの獄友のピエールのように「隣人、それこそ地獄だ」と思ってしまうことでしょう。しかし、私たちの主イエズス・キリストはご自分の十字架によって本当の平和を私たちにお与えになります。私たちの主が下さる平和は、この世が私たちに与えようとする偽りの平和ではありません。

 最近或る方が、過去のことをくよくよせず、他人を責めず、未来を変えるために自分の心を変えよう、と決心したというようなことを教えて下さいました。そのとおりだと思います。私たちは永遠の命のために、復活の生命のためにこの地上で生きています。自分の身に降りかかる十字架に不平を言っても良くなるわけではありません。それよりも私たちの主イエズス・キリストの恵みによって、まず自分が天主に従順になるように、天主をよりよくお愛しするように変わることが出来るのではないでしょうか。

 私たちがイエズス・キリストと同じように、苦しみの中で「父よ、彼らをお赦し下さい。彼らは何をしているか知らないからです。」(ルカ23:34)と祈るとき、

 また良き盗賊のように、「われわれは行ったことの報いを受けたのだから当然だ。だがこの人は何の悪事もしなかった。イエズス、あなたが王位を受けて帰られるとき、私を思い出して下さい」と祈るとき、

 「祈りましょう。全ての十字架を受諾しましょう。全ての隣人を、一人の例外もなく、友人と敵との別なく、愛しましょう。」と言う言葉を実践するとき、

 「私は愛のいけにえであり、愛は私の全ての幸福、不滅の幸福です。」と喜びも苦しみも全てを天主に委ねるとき、

 原爆さえも、憎しみの対象ではなく「天主の恵み」と信じるとき、

 私たちの主は、私たちに優しくこう言って下さるでしょう。

 「まことに私は言う。今日あなたは私とともに天国にいるであろう。」(ルカ23:43)

 「キリストに倣いて」にあるように、
 「十字架にこそ、救いと、生命と、敵からの防禦がある。」
 「十字架は、天のよろこびのたまもの、知恵の威力、心の歓喜を与える。」
 「十字架には、すべての徳がふくまれている。十字架には、完全な聖徳がある。」
 「十字架によらなければ、霊魂の救いはなく、永遠の生命もない」のです。

 イエズスは十字架を荷って、私たちに先立ち(ヨハネ19・17)、その十字架の上で、私たちのために亡くなられました。それは私たちをも、十字架をとって、その上で死なせようとのぞまれたからです。私たちが、かれと共に死ぬなら、再びかれと共に生き、かれと共に苦しめば、また共に永遠の光栄をうけるのです。

 私たちは、艱難をたえしのぶそなえをし、苦しみこそ最大の慰めだと考えましょう。
 「現世の苦しみは来世の光栄に及びもつかない」(ローマ8・18)からです。
 「私たちは多くの患難をへて、天主の国に入」(使徒行録14・21)らなければならないからです。

 ブラザー・ヒヤシントも、超自然的に、自分に降りかかった十字架を受け取っていることだと思います。私は、自分に降りかかる十字架を、復活の期待のうちに、堅忍する恵みを心から祈り求め、同じ恵みを兄弟の皆様のために、お祈り申し上げます。

 天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志 (聖ピオ十世会司祭)